女性専門ハンド二スト整体院

私が女性専門整体院を開くまでの道のり 5  時代背景と環境

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私が女性専門整体院を開くまでの道のり 5  時代背景と環境

私が女性専門整体院を開くまでの道のり 5  時代背景と環境

2022/09/03

高校卒業後、私は地元の会社に就職しました、精密機器製造業で市内の工場です。

本社は東京にあり一部上場企業でした。

25年ほど前、産後復帰しましたが、産後働けたのは私より半年前に妊娠した後輩が頑張ってくれたからです。

産後復帰したのは私で2人目。後輩が産後働けないのはおかしいと言って課長と彼女は総務に何度も交渉したそうです。交渉の結果、やっと産休を取ることができたそうです。交渉中に何度も総務から「騒がないで欲しい。このまま退職して欲しい。」と言われたそうです。

後輩が産休に入り私が総務に「産休が取れるようになったんですか?」と確認したところ「産休は国の法律で決まっている、取れるようになったという表現は間違いです」と言われ産休を取得しました。

会社復帰して上司から「産後だから残業しても1時間くらいでいいですよ」と声をかけてもらいました。

産前は毎日のように20時(定時17時)まで残業していましたから上司は配慮してくれたのですが、産後女性が働くには、少し厳しい環境でした。産後8週から子育てとの両立です。

結婚後、夫の両親と同居で食事は姑が作ってくれていたのですが、ほとんど総菜で農家の家庭に育った私は苦痛でした。お嫁に来てから、お腹の調子が更に悪くなっていました。

「食事を別にしたい」姑からの言葉に私もホッとしました。産後会社復帰してからは別に食事になりました。ホッとしたようですが私の負担は増えます。

「迷惑かけねよに」「もっと頑張りなせ」「いい子にしてねばねよ」「我慢しなせ」「もっと元気だして」幼少期から何度も父から言われたこの言葉が、この後私を苦しめます。

父昭和22年産まれ(団塊の世代)私昭和44年産まれ。会社もまだまだ男尊女卑が強かったですね。

産後復帰したのは平成9年今から25年前です。

現代では共働きも親との別居も当たり前、過去の経験から【頑張っている女性を応援する整体院】を新発田でやろうと思いました。女性専門ハンドニスト整体院

 

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